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by yaki101

Pata インタビュー

青山のカフェにて、Ra:INのマネージャーと待っていると、
すぐにカメラマン、フランス人のアシスタントが現れた。
車の渋滞で、PATAさんとmichiakiさんがインタビューに
遅れると言う。残念ながら、ドラムの向山テツさんは、
地方の仕事のため、インタビューに来られなかった。
私達は、雑談しながら彼らが来るのを待った。
30分ほどで、PATAさん、michiakiさんが、カフェに到着。
すぐにインタビューが始まった。

Q:ヨーロッパのファンに自己紹介をお願いします。

PATA(以下P):ギター弾いてます。PATAです。

michiaki(以下m):ベースのmichiakiです。宜しくお願いします。

Q:7月から始まった"Summer of Love"Tour2005 お疲れ様でした。最終日9月9日にhide Museumでライヴがありましたけど、如何でしたか?

P:とても楽しくやれましたね。

Q:盛り上がったライヴだったんですか?

P:沢山の人達が来てくれたし、本当に良いライヴだったと思います。

Q:michiakiさんは如何でしたか?

m:パリから帰って来て、まず今までゴタゴタしてたマネージメント問題に決着をつけて、その勢いで2年ぶりに "Summer of Love"Tour2005 を始めました。それまであまりライヴをやっていなかったのと、海外に目を向けていた事が多くて。Ra:INが結成して最初にTourした所を中心にまわる!まぁ、初心に戻る感覚のTourでした。それが凄い反応があって、勿論、自分達にもいい刺激になりました。そのファイナルが hide Museumのライヴだったわけです。

Q:ちょっと、劇的な感じですね。

m:Tourでテンションを上げてピークを上手くファイナルにもって行けました。僕達もスタッフも自信をもって当日挑めたと思います。

Q:感慨もひとしおっていう感じですか?ツアーファイナルをhide Museumでやるっていう事で。

m:そうですね。アンコールでゲストの上杉君とキーボードのD.I.E.ちゃんを入れて最後にhideの”Flame”という曲をやったんです。その時ファンの子達が涙ぐんでいて、我々もそれで感慨深いというか、もうここで演奏出来ないのか!とちょっとナーバスになったんだけど、最後は気を取り直して3人でもう一度アンコールをやりました。想い出は胸にしまって未来に眼を向けよう的なメッセージは会場に居た人達に伝わったと思います。

Q:海外からもファンの方がたくさんいらっしゃったらしいですね。それはパリライブを観て、また、日本でも観たいといらっしゃった方ですか?

P:そうですね。パリのライブの時に来ていた子達もいました。香港や台湾からも!日本までわざわざ来てくれて嬉しかったですね。

Q:感動的なライブだったんですね。ヨーロッパでもhide Museumがクローズするというので、何とかならないか?って、BBSに書き込みがあったりしましたが、それでよけいに注目が集まったんでしょうね。

P:ファンの方が情報が早いのでしょうね。まぁhide Museumが閉館となる話は前から多少ありましたから。

Q:ちょっとRa:IN についてお聞きしたいんですけど、"Ra:IN"という名前はKabe Masayoshiさんに命名されて、2002年にデビューしたっていう事なんですが!

m:加部さんと僕は同じ横浜出身で、彼と長い間、ZZKというバンドを一緒にやってます。彼はフレンチと日本のハーフでLouise Louis Kabe(ex Jhoney Louis & Char)といった方が、知られているかも。 3人でバンドを始める時に、PATAとTETSUの要望もあって名前を考えてもらいました。

Q:PATAさん達は、どうやって知り合われたんですか?音楽をやっていくうちに知り合われたんですか?

P:前からの知り合いですね。

m:狭いんですよね、日本のロックシーンって。長く続けていると、ある程度どっかで知り合うというか。

Q:レコーディングの関係だとか、一緒にセッションしたりとか?

P:え~っと、飲みの関係だとか!(笑)ライヴ会場で会ったり、打上げ、Party、知り合いのBarとか、やっぱり飲みの関係ですね。

Q:出会われてRa:INを作ろうと言われたのは?

m:僕です。当時、Studioの仕事とか、セッションが多くて、それが嫌いという訳ではないのですが、自分の核となるパーマネントなバンドを作りたいと思ってました。それも3ピースで Rock Band!たまたま3人で会う機会があって、じゃあ、一緒にやろう!って事になったんです。

P:ほんとたまたまなんですけどね。(笑)その時、偶然、居合わせたのがRa:IN の3人なんですよ。それもパートの違う3人が!まさか、それが具体的にすぐに活動するとは思いませんでしたが!

Q:ヴォーカルがいないのは、珍しくないですか?

m:最初からトリオでやりたい!というのが絶対条件にあって。まあ誰か歌えるんじゃないかと思ってたんです。PATAが歌えるんじゃないかって。(笑)

P:そんな事はないんですけど~。(笑)

Q:ヴォーカルを入れるという話がない事はないんですね。

P:周りからはね。(笑)

Q:PATAさん自身は、ヴォーカルに対してこだわりがありますか?

P:こだわりはそんなにないんです。まあ、ほんといい人がいれば、入れてもいいのかなぁ~って気はしないでもないんですが、多分、なかなか難しいと思います。今は3人の方が楽ですしヴォーカルを入れる必要性は感じてないですね。

m:僕はインスト系になんの抵抗感もなかったですね。デビューして 最初の1年間は死に物狂いでライヴを100本やって!その1年で色々な事を試して、経験して、今のRa:INのベーシックなスタイルが出来たと思います。あまりに例のないスタイルなので受け入れ側も戸惑ったり、ヴォーカルを入れれば売れるのにとか言う人も居ますが。ただ安易にヴォーカルを入れるのは大変危険な事だと思ってます!それは上海、台湾、Paris,そしてこの前のhide Musemがいい例で大多数の人達が素直に僕達のスタイルを受け入れてくれてますから。進化してる途中にスタイル変える必然性はないと思いますね。

Q:まだRa:INの音楽を聴いていないファンの方に、Ra:INの音楽とはどういうものかを説明してくれますか?

P:ラウドでヘヴィ-なトリオのハードロックバンドです。しかもそのジャンルでは他に例のないインストです。Ra:IN の基本はライヴです。是非、一度見てくれれば嬉しいですね。

Q:私も"The Line"って言うアルバムを聴かせていただいたんですが、あのタイトルの"The Line"っていうのは、バンド名のRa:INにかけたんですか?

m:加部さんが名前をつけたのが、あのスペル(Line=線)だったんですよ。Ra:IN の発音もRAIN ではなくLINEです。それでRa:IN のロゴに上に3人のLineがある訳です。今の世の中、色々なLine が張巡らされてますよね。遠くに離れていても繋がっているLine,Internet,MIDI Code,Cable,そして国境線や境界線、地平線、運命の線 etc.それは僕の勝手な解釈ですが。

P:その Line を知り合いのデザイナー(Ken Sakaguchi)と我々でアレンジしてRock and Inspiration!その略が Ra:INです。聞いている人になにかインスピレイションを与えられればいいかな~と。そこで1st Album では最初の加部さんがつけた"Line"をタイトルにしたわけです。Ra:IN とLine は共存してるので。

Q:アルバムを聴いていますと、いろんなイメージが湧いてくるんですが、1曲1曲イメージしながら作られたんですか?例えば「KAI(海)」とか。

m: KAIの場合は Ra:IN の Sonund のイメージ付けになる様な曲をと最初に作った作品です。それをPATA に渡してメロディーを考えてもらって出来たのが"KAI"です。

Q:どういう時にどういう感じで、曲が浮かんできますか?

P:え~、家でリラックスしてぼーっとしている時とかが多いですね。

Q:パリでのライヴの感想を聞かせていただけますか?

m:まず、パリでライヴをやるというオファーがきた時に「なんで?」と思いました。いったいどんな人が来るのか?現地に着いて、ハードロックカフェで、ライヴ前日サイン会をやった時にファンが沢山来ていて、そこで初めて手応えを感じました。その後、PATAがいたX-JAPANがヨーロッパで人気があるとか!フランスでヴィジュアル系が人気があることがわかったんです。(笑)まぁ僕達はヴィジュアル系ではないですがね。(笑)

Q:そうなんですか~!?日本のバンドといえばX-JAPANは有名ですよ!

P:行くまで知らなかったですけどね。(笑)

Q: むこうの方はよく知っていらっしゃいますよ~。やっぱり、インターネットの力は凄いですよね。お客さんの反応は、日本と違いましたか?

m:ステージに立った瞬間、凄いリアクションがあったからやりやすかったですね。

P:ノリもそんなに違うとは思わなかったですねぇ。それより熱狂的に迎えられて凄く嬉しかったです。

Q:セットリストを見ましたが、アルバム[The Line]からと、新しい曲、古い曲をいろいろ取り混ぜて考えられましたか?

m:2nd Album に入る予定の新曲と1stから半々ぐらいかな。

Q:その新曲は、日本でのツアー中にも披露されましたか?

m:そうです。前から新曲が出来ると常にライヴでやってみて、反応をみたり、アレンジを考え直したりするので。

Q:セットリストはすぐに決まりましたか?

m:パリに行く前に何にもやってなかったんですよ。半年近くやってなかったんで。

P:急遽、行く前に1回ライヴやったんです。

m:パリ行く前に感覚取り戻さなければマズイ!って。(笑)1本ライブを引き受けてその時にベーシックなセットリストを作ったんです。 それをアレンジしてParis用のセットリストを作りました。

Q:準備はどれくらい前からされたんですか?

m:ほとんどしてないんです。そのライヴ1本とスタジオに数日入ったくらいで。

Q:何週間前、とかそんな感じですか?

P:何日か前。(笑)1週間前くらいかなぁ。そんなもんだと思います。大体そのパリのスケジュールを貰ったのが、2-3日くらい前なんですよ。

Q:ええーっ!?

P,m:詳しい事は我々は何も知らなかったんです。

P:とりあえず、連れて行かれるままでした。(笑)

Q:コミュニケーションやテクニカルなトラブルはなかったですか?

m:まぁ、細かい事はどこにでもあるし、それは日本でもあるし、パーフェクトな事はないから。あまり神経質にならないようにいつもしています。ただ、目だったトラブルは全然なかったです。現地リース分も全然、問題なかったです。僕らを呼んでくれたパリス・ヴィジュアル・プロッドの彼らがとてもよくしてくれたので。コミュニケーションに関しては先程も言いましたが事前に情報が入って来なかったのは日本サイドの問題で日本語という共通言語を持ちながらコミュニケーション不足というのはえてしてありがちな問題ですね。(笑)

P:台湾に行ったときにはいろいろあったけどね。(笑)ちょっと面白い事いろいろあったけど。でも、台湾も又、行ってみたいですね。パリに関してはトラブルは全然なかったです。

m:台湾、上海も戸惑う事はあったけど、今になってみればいい想い出ですね。それはあんな沢山の人達が僕達を熱狂的に受け入れてくれて、ライヴが始まってしまえば僕達はOK!ですから。少しぐらいハプニングとかあった方が面白いかも。ただ、それが出来るのも、今も一緒に居る我々の優秀なスタッフのお陰だと。

Q:Paris はどんな印象をもたれましたか?観光には行かれましたか?

P:向こうで知り合ったフランス人にmichiakiと楽器屋巡りを案内してもらいました。夜は彼の家でワインを御馳走になってメチャクチャ美味しかったですよ。最後の日は色々観光してちらっとエッフェル塔もみました。・・・お登りさんみたい!(笑)

m:僕は前からパリに住んでいるフランス人や日本人の友達が何人かいて、いろいろ誘ってもらったりしました。楽しかったですね毎日が!

Q:パリライヴのDVDは発売されるんですか?

m:日本とヨーロッパのシステム的な問題であって。方式が違うんですよ。そこで Paris side とやり取りしている最中なんですが。それがクリア-出来て、観て満足出来る物だったら、DVDを出そうという事になっています。

P:まだ実際、観てないので判断出来ないですが、メンバー3人が納得出来る物でしたら是非リリースしたいですね。

Q:日本のアーティストで気になる方はいますか?

P:商売がたきは、一応みんな気になりますね。(笑)なんてね。

Q:共演したい方はいらっしゃいますか?

m:プレイしてお互いに刺激になったり気持ちがあったりとか、なにしろ一緒に出来て刺激になる事は本当にプラスになります。それは誰と共演したいとかではなく拒む事はないですね。そこには新しい出合いとか新たな発見とかがあるので。

Q:PATAさんは、1989年に、日本を代表するロックバンドX-JAPANのギタリストとしてデビューされました。当時の生活は如何でしたか?

P:忙しかったけど普通でしたね。 朝起きてお酒を飲んで、夜にお酒を飲んで(笑)

Q:平行してソロ活動をされてますね。2枚のソロアルバムを出されて、全国ツアーをされているんですけど、X-JAPANとはまた、違った音楽表現だったんですか?

P:そうですね。Jeff Beck と一緒にやっていたTim Bogert,Ozzy Osbourne,White Snakeに居た事のあるTommy Aldridge など好きなミュージシャンと共演出来てとても楽しかったですね。X-JAPAN と同じ事やってもしょうがないんで!

Q:実際その音楽は全然違うものだったんですか?

P:ハードロックには違いないんですけど、どっちかといえばX-JAPANよりたとえば今のRa:INの音楽に近いですね。

Q:hideさんのソロツアーに同行されて、特に印象に残った事は何かありますか?

P:よく覚えてないんですが・・・「D.I.Eちゃんが怒られた」って言ってもしょうがないし~。(笑)楽しかったですよ。色々な想い出がありますね。

Q:X-JAPAN解散後にP.A.Fっていうプロジェクトを立ち上げられましたが、どういう活動だったんですか?

P:アルバム2枚作って、それはヴォーカル入りのハードロックバンドでしたね。その時の2枚目から今のRa:INのドラムの向山テツに会ったんです。お~この人、すげえドラム叩くな!と思いました。

Q:運命的な出会いだったんですね?(笑)

P:運命的かどうかわかんないんですが。(笑)なにしろいいドラマーだなと。その当時、michiakiもTetsuと同じ事務所にいて。まぁ、その前から顔見知りだったけどP.A.F の頃からたまに会うようになりました。

Q:2000年にDope Headzを結成されて2枚のマキシシングルと2枚のアルバムをリリースされて、ツアーされましたね。2002年に韓国で"GLOVAL ROCK FESTIVAL"に 日本代表として、2万人の観客の前で演奏されました。如何でしたか?

P:久しぶりにデカイところでやったんで、面白かったですね。

Q:日本代表っていう意気込みはなかったですか?

P:まぁ、いくつかバンドかあって、hideのバンド(実際はhideがいなくて、歌っているhideのビデオを流しての演奏だったんですが)とオレのバンドと2本立てだったんですけど。RIZEも出ていましたね。その時は楽しかったけど、寒かった!

Q:冬だったんですか?

P:10月かそれくらいだったんですけど、もうオニのように寒かったです!大風邪ひいて帰って来ました。

Q:韓国のお客さんの反応は如何でしたか?

P:凄く熱狂的でしたね。

Q:結構日本のハードロックは受け入れられるんですか?

P:うん、と思いますよ。

Q:過去に夢見た事を実現しましたか?まだやり残した事はないですか?

P:やり残してなかったら、死んでるんじゃないかなぁ~。(笑)「わしゃもう満足! ポックリ。」ってね。(笑)いろいろやり残している事はありますよ。だから今の自分があるんじゃないですかね~。

Q:やりたい事は御自分の中にいっぱい持っていらっしゃいますか?

P:まぁね。具体的にはわかんないですけど。全て満足しているわけではないので。

Q:michiakiさんは、セッションミュージシャンとして、いろんなアーティストの方と共演されていますが、特に印象に残ったアーティストはどなたですか?

m:元ニューヨーク・ドールズのジョニー・サンダースに会う機会があって、お互い酔っていて、そのままセッションになりました。印象的でしたね。彼が亡くなる数ヶ月前、自宅に電話がありましたが、丁度、僕が留守で本当に残念でした。

P:ジョニーは不良の酔っ払いっていうイメージですね。(笑)そういえば、New Yorkで適当に歩いてたらニューヨーク・ドールズのもう一人のギタリスト,Sylvain Sylvainが小さなバーでライヴやってて偶然見たんだけど、カッコ良かったな~!

Q:ジョニー・サンダースとどこで一緒にやったんですか?

m:Tokyo のclubです。あとパティ・スミスバンドのレニー・Kです。彼の即興詩でやった"Gloria"はシビレました。

Q:プロデュースやアレンジの仕事を幅広くされていますが、特に印象に残っているお仕事はありますか?

m:フェデリコ・フェリーニに代表されるイタリア映画音楽の巨匠ニノ・ロータのトリビュートアルバムに参加したのですが、アコーディオンのcoba、清水靖晃 (Yasuaki Shimizu)、近藤等則(Toshinori Kondo)などヨーロッパでも活躍しているアーティスト達と1人1曲づつProduceしたアルバムで。とてもいい作品だと思います。その中に僕を選んでくれて、僕の違う側面を表現させてくれたProducer には今でもとても感謝してます。バンドとは違った雰囲気の中で仕事が出来たのが、凄く印象的でした。

Q:戸惑いはなかったですか?

m:ないです。そういうのも凄く好きなんで。

Q:音楽もロックに留まらずに、さっきおっしゃっていた映画音楽だとか、トランスだとか、ジャンルを越えていらっしゃいますよね。音楽を芸術表現の1つとして、大きく捕らえていらっしゃるようにお見受けしますが、ご自身ではどう思われますか?ベーシストというよりは、アレンジャー、プロデューサーの部分が大きいんでしょうか。

m:自分の表現手段としてのツールは何でもいいんですよ。ギターでもベースでも、キーボードでも。ただそのベースを僕が子供の頃からやっていて、一番早く反応しやすくて。 基本的にはレコーディングでもライヴでもトータルなアレンジやサウンドを考える様にしてます。プロデューサー感覚が強いのでしょう。楽器はなんでもいいというところからして。でも、ステージに上がったら自分のベースプレイを楽しむ様にしてますね。

Q:新しい音をどんどん取り入れたりしていらっしゃいますか?

m:そういうこともやっています。

Q:ベースは早くからしていらっしゃったんですか?

m:子供の時から、そういう環境にありましたね。

Q:PATAさんは、お幾つくらいの時からギターをされたんですか?

P:小学生の頃だと思うんだけど・・・中学生くらいかなぁ。

Q:最初からギター一筋ですか?

P:一筋なんて、そんないいもんじゃないですが。(笑)ギター始めて、高校生くらいの時は、どっちかといえばギター修理したり、作ったりそういう方面の仕事したかったんですが。なぜは弾くほうにまわっちゃいましたねぇ。気がついてみれば。(笑)

Q:じゃ、ご自分のギターをまめに改造されたりとかもよくしますか?

P:ガキの頃はよくしていたんですが、弾くほうになってから、全く触れなくなりましたね。(笑)全くわかりません。最近は人任せです。(笑)

Q:Ra:INの音楽を通じて、何か伝えたいメッセージはありますか?

P:聴いた人がかっこよく受け止めてそれぞれ好きになにかを感じてくれればいいかなぁ~と思ってます。あんまり細かい事はよくて。(笑)

m:基本的に僕達はライヴバンドなので、ライヴを観てくれた人に何か届いて、僕達もエネルギーを貰って、それがお互いの活力になってくれればいいと思いますね。

Q:生のライヴ観たいですね。

m:観てくださいよ!

P:ぜひ観てください!

Q:今後の音楽活動の予定は何かありますか?

P:まずは2nd のRecoding 終わらせて。来年初めから春くらいにお届けできればと、思っています。それとLive in Paris, AT LAST hide Museum の DVD もしくはLive CD を出せれば!ただパリのライヴはまだ観てないから、使えるかどうかまだわからないですが。それで春ぐらいからTourをやる予定です。

Q:曲はほとんど出来上がって、レコーディングも進んでいるんですか?

m:去年の秋からやっているんですよ。長いインターバルがあって、そのまま放ってあるんです。ちょっと時間もたっちゃったんで、録り直して、新曲とか含めて!年内中に作業をやる予定です。

Q:そのアルバムは。今までのRa:INとはまた違った感じなんですか?

m:全く違うわけではないんですけど、新しいテイストも入っていますね。

P:まぁ、たぶん変わっているんじゃないですかねぇ。変わってなかったら、成長してなかった、っていう事ですから。(笑)

Q:パリのライブの経験が次の新曲に生かされるといいですね。 最後にヨーロッパのファンにメッセージをお願いします。

P:またお会いできる事を心から祈っております。また、逢いましょう!

m:それぞれに国、環境、言葉が違っても音楽を通して理解しあえたり、信じあえたりする事が出来ると思います。それが僕達のメッセージです。世界中どこへでも行く準備は出来てます。では、また、逢いましょう!

Interview
J Music Europa Noriko Takeuchi
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by yaki101 | 2006-01-03 21:51 | X JAPAN NEWS